manakaiの日記

いろいろかく

三十路と梅雨

メトロなんて縁の無い生活をしてきたが、ついに使いこなさなければならない日が来てしまった。

新しい仕事が始まったのだ。

母より年上な友人の紹介で、校正会社の小間使いをしながら校正も教えてくれると言う。とてもありがたいお話だ。

今まで新宿がギリギリ出勤範囲の私だったが、今日は銀座で乗り換えようとしている。

何やらしみじみとしてしまう。

私が銀座やら半蔵門やらに足を運ぶ仕事をするとは…。

しかしもう三十路に両足突っ込んだのだし、東京暮らしも10年だ。イイ歳だと何回言われた事だろう。つまりこんな事周りに話しても、遅すぎる、今更だ、と言われてしまう。そういう嫌味な人間が周りに溢れているのが悲しい。

 

6月末に30歳になった。妹からは、ミソジってハタチみたいな言い方ないの?サタチ?サタチって言おうよ!などと言われ、往生際の悪い人みたいなので嫌だと断った。私はそこまで30歳になる事に抵抗がなかった。

その歳に見合った中身があるのか、そんな漠然とした不安だけはうっすらと感じたが、サボったのは私だ。仕方がない。気付いたのならこれから埋めるのだ。

何を糧に生きてるの?と私を嫌いな人に詰問された。答えられなかった。

糧って、皆んな当たり前に持っているのだろうか。持っていなかったら生きる価値がないのだろうか。持っていなかったら死ねという事だろうか。そう追い詰めるような口調の彼は、きっと今、自分に余裕がないんだろう。

 

私は私を愛してくれる自分の家族を悲しませたくないので先には死ねない。だから生きている。これだけは確かだ。

私を嫌いな人の為に伝えられることはない。何を言っても否定されるから。彼らは私という考えの浅い馬鹿だと認識した人間を言葉でねじ伏せることで気持ち良くなるタイプの人間だ。

 

お互いに良い感情を持っていないのだから、その質問はするだけ無駄じゃない?と返せれば良かったが、笑って流すだけだった。

 

そうしてまた、この町を出たくなる。

 

最近同棲を始めた恋人さえ捨てれば、今すぐにでも出ていける。そう思うたび、普段プレゼントなんて用意しないのに、珍しく不器用にくれた指輪や、彼の子供みたいな、言葉を真っ直ぐ伝えられず小さくなる背中が浮かんで胸が痛くなる。

 

狭くてどんよりして嫌な人間が跋扈している住みづらい町。けれど、後数年はこの町に居るだろう。自分の気持ちの良い方向だけを選び、迷わず、ブレず、色んな物を見極めながら泳いでいく為の修行だと思えば、案外おあつらえ向けの場所なのかもしれない。簡単に出会えるものでもないのだから。